交通事故の損害賠償請求権と時効について解説
「時効」は正式には「消滅時効」と呼ばれ、時間の経過によって権利を消滅させてしまう効果があります。交通事故における被害者の権利も例外ではありません。事故の当事者双方が対立していたり、加害者の方が任意保険に加入していないような場合には、加害者側との間で交渉が進まず時間だけが経ってしまい、いつの間にか時効完成間近になっているケースがしばしば見受けられます。
しかも、交通事故で生じた被害は、加害者に直接請求する以外にも、様々な方法によって回復を図ることができ、場合によっては、加害者に請求する前に、別の手続を先行させた方が有利な結果になることもあります。そしてそれらの各手続きは、それぞれ時効に関して異なる定めを有しており、それぞれ独立して管理する必要があります。
そのため、時効に関して誤解があると、知らぬ間に有利な解決を図る選択肢が消滅したり、加害者に責任を追及できないといったことが起きかねないのです。この記事では、そんな時効に関する知識を、交通事故事件を多数担当する弁護士の視点から徹底解説いたします。
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この記事の目次
加害者に直接賠償請求する場合の時効
まずは、加害者(加害者の窓口となる任意保険会社を含みます。)に対し、直接、賠償を請求する場合における時効の定めを確認していきます。なお、時効に関しては、「加害者」と「加害者側の自賠責保険」は別に考える必要がありますので、混同されないようにしてください。自賠責保険に対する請求については、後述いたします。
時効が成立する条件
時効が成立する条件については法律の改正がありましたが、新旧の法律を通じて、次の部分については概ね変更がありません。
(新民法724条)
1.被害者又はその法定代理人が、損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき
2.不法行為の時から20年間行使しないとき
また、法律の改正によって、「人の生命や身体に対する損害」(治療費をはじめ、怪我や治療に伴って生じた減収や精神的な苦痛等。)については、2020年4月1日時点で、「3年」が経過していない場合、「損害及び加害者を知った時から5年間行使しないとき」に時効が成立します(新民法724条の2)。
時効の起算点
時効の期間は、「損害を知った時」から起算されます。以下、それぞれのケース別に詳しく解説します。
物的損害、お怪我の損害の場合
自動車の修理費を請求する場合には、自動車が壊された日ということになりますし、怪我の治療費や、怪我に伴う休業の補償等を求める場合には、怪我をした日と考えるのが素直です。このような場合、「損害を知った時」とは、「事故が発生した日」を指すことになります。
怪我に対する慰謝料は治療の実績に応じて算出されるため、怪我に関する賠償請求は、治療を終了した日が「損害を知った時」になるという考え方もあります。しかし、時効による権利喪失を防ぐ意味では、念のため、「事故発生日」を起算点として時効管理をすべきでしょう。
「後遺障害」に伴う損害の場合
「後遺障害」とは、治療を継続しても、回復が期待できないような症状が残ることをいいます。治療を始めた時点では完治すると思っていた怪我が、長期間懸命なリハビリをしたにも関わらず、症状が残ってしまった場合を考えてみてください。このような例では、被害者の方が、「回復しない症状が残る」という損害を事故が発生した日に「知った」とは評価しづらいものです。
ですから、「後遺障害」に関する損害は、「症状固定(症状の回復が期待できない状態であること)の診断を受けた時」を、「損害を知った時」と考えるのが一般的です(最高裁平成16年12月24日判決)。
※後遺障害に関する詳細は、「後遺症と後遺障害の違い」を参照ください。
死亡による損害
事故の被害者の方が亡くなられた場合における「死亡の損害」は、亡くなられた日を「損害を知った時」とすることになります。
加害者に対する請求・まとめ
以上のとおりですから、加害者、及び、その窓口となっている任意保険会社に対する賠償請求の時効は、次のとおり整理されます。
項目 | 起算点(注) | 期間 |
物的損害 | 事故発生日 | 3年 |
怪我や治療に伴う損害 | 事故発生日 | 3年(改正後は5年) |
後遺障害による損害 | 症状固定日 | 3年(改正後は5年) |
死亡による損害 | 死亡の日 | 3年(改正後は5年) |
(注)加害者や、加害者側任意保険会社が損害の一部を被害者や医療機関等に支払った時は、その時から再度時効期間が進行します。
時効による権利消滅を防ぐ「時効中断」
時効の完成期間の経過が迫ってきた場合であっても、「時効の中断」手続をとることで、時効の完成による権利の消滅を防ぐことができます。時効を中断させた場合、その時点から、再度、時効期間が進行することになります。
交通事故においては、主として、「請求」、または、「承認」という方法で時効の完成を防ぐことができます(民法147条)。加害者側が任意保険に加入している場合には、「承認」によって中断を図ることがほとんどであり、「請求」による中断は、加害者側に任意保険がない場合に用いることが多いものです。以下で、詳しくご説明いたします。
「請求」による中断
「請求」という単語の意味だけを考えれば、単に加害者側に支払いを求める連絡をすれば時効の中断が完了するようにも読めますが、これは大変危険な誤解です。
このような裁判所を介さない請求の連絡は、法律的には「催告」というものに分類されるのですが、「催告」は、その後6ヶ月以内に裁判や調停など、裁判所を介した手続によって再度請求をしなければ、時効の中断が生じないとされています(民法153条)。
もちろん、最初から裁判所を介して請求しても問題なく時効を中断できます。そのため、時効を中断することを目的として「請求」するのであれば、裁判所の手続を用いることを念頭に置く必要があるのです。
「承認」による中断
「承認」とは、加害者が、被害者に対して賠償義務があることを認めたり、賠償義務があることを前提とした振る舞いをすることを指します。
典型例は、保険会社による治療費の支払いです。加害者側の保険会社が、本人に代わって医療機関に治療費を支払う行為は、被害者に対する治療費の賠償義務があることを前提とした振る舞いですから、支払行為の度に「承認」によって時効が中断するのです。
治療が長引いており、示談交渉や裁判が時効によってできなくなるのではないかと不安を口にされるご相談者様もいらっしゃいますが、加害者側の保険会社が治療費を負担していた時期がある場合には、最後に医療機関に対し支払いを実施した日が起算点になりますので、確認されると良いでしょう。
そのほか、保険会社と没交渉になっていたり、加害者本人と交渉している場合には、加害者側に「交通事故によって生じた損害について、金額については今後の協議によって決するものの、賠償義務があること自体は争いません。」といったことを記載した書面を差し入れてもらうことでも「承認」があったものといえるでしょう。
加害者に対する直接請求以外の手続に関する時効
冒頭でも少し触れましたが、交通事故の被害は、加害者以外に対する請求手続によっても回復を図ることができます。例えば、被害者にも一定の過失割合がある場合や、加害者が任意の保険に加入していない場合、加害者の任意保険会社が誠実な対応をしてくれない場合等においては、これらの手続きが非常に重要になります。
色々な手続きがありますが、この記事では、よく利用を検討する「自賠責保険」「労災保険」「健康保険」について、それぞれの時効制度を解説いたします。
加害者の自賠責保険に対する請求の時効
自賠責保険の概要
交通事故の加害者が、自動車や自動二輪車に乗車していた場合、加害者は任意保険会社のほかに、「自賠責保険」に加入していることが通常です。自賠責保険は、加害者の賠償義務のうち、生命や身体に関連する損害については、国が定めた「支払基準」の範囲で肩代わりするものです。
法律上、被害者が直接、自賠責保険に対して保険金を請求することも認められていますから(自賠法第16条)、加害者が無保険であったり、支払義務が争われている場合にはきわめて重要な請求権となります。
自賠責保険における時効期間の定め
加害者に対する請求に類似し、「損害を知った時」から3年とされています(自賠法第19条)。これは、基本的には加害者に対する請求とパラレルに考えていただいて差支えありません。
つまり、被害者による自賠責保険金請求の時効は、お怪我の損害は「事故発生日」、後遺障害の場合は「症状固定日」、死亡の損害は「死亡日」を起算点として管理すべきものなります。
時効完成を見落とし易いので注意
自賠責保険に対する直接の請求権と、加害者及び任意保険会社に対する直接の請求とは、相互に独立して時効が進行するために注意が必要です。
例えば、加害者との間で後遺障害の賠償に関する交渉をする場面においては、その前提として、自賠責保険に対して後遺障害の補償を直接請求し、後遺障害を認定してもらうことがあります。
しかし、自賠責保険側が思うように後遺障害を認定してくれないため、何度か手続きをやり直しているうちに症状固定日から3年(5年)が経過した場合、加害者との関係では時効が完成してしまうのです。
自賠責保険の時効中断はシンプル
自賠責保険に対する時効を中断するためには、正式に自賠責保険に対して直接の支払請求をすることが考えられます。しかし、よりシンプルな方法として、「時効中断のための申請書」が用意されていますので、これを自賠責保険会社に対し提出することによっても、中断の効果を得ることができます。
なお、繰り返しになりますが、このような方法によって自賠責保険金の請求権に関して時効を中断させたとしても、加害者に対する請求権は時効が中断するわけではありませんので、くれぐれも注意してください。
労災保険に対する請求の時効
交通事故でも労災保険の出番がある
労災保険とは、労働者が、「業務上の事由又は通勤」によって被害を被ったときに、これを補償するものです。出退勤中に交通事故に遭ってしまった場合には、労災保険に対して補償金を請求できます。
例えば、加害者が何らかの理由で治療費や休業損害を支払ってくれない場合、労災保険における「療養(補償)給付」、「休業(補償)給付」を請求して、当面の費用を工面することが考えられます。
労災保険からは慰謝料にあたる保険金が支給される制度はありませんから、労災保険金を受け取り、治療がひと段落した時点で、改めて加害者側に慰謝料を請求することになります。この場面でも、労災保険とは別に加害者側に対する請求の時効を管理しておく必要があります。
また、詳細は割愛しますが、被害者にも一定の過失割合が認められる場合や、怪我による休業の必要性を立証することが困難な場合には、治療費や休業損害を労災保険から回収した方が、後に慰謝料を多く回収できる可能性があります。そのため交通事故においても、労災保険はきわめて重要な役割を持っています。
労災保険における主な給付の時効
労災保険における主な給付の時効は、次のように定められています(労災保険法第42条)。
項目 | 起算点 | 時効期間 |
療養(補償)給付 (≒治療費) | 治療費の負担・支出が具体的に確定した日の翌日 | 2年 |
休業(補償)給付 (≒休業損害) | 賃金を受けられない日、一日毎に、その翌日 | 2年 |
障害(補償)給付 (≒後遺障害逸失利益) | 症状固定日の翌日 | 5年 |
遺族(補償)給付 (≒死亡逸失利益) | 死亡日の翌日 | 5年 |
葬祭給付 (≒葬儀費用) | 死亡日の翌日 | 2年 |
事故が発生した日から一斉に進行するものではない点が特徴的です。治療費や休業損害等、2年の経過によって時効が完成してしまうものもある等、加害者に対する請求の時効とはまったく異なるので、注意が必要です。
労災の時効期間は、請求書提出期限?
労災保険に関しては、加害者に対する請求と異なり、時効の中断に関する定めがありません。そもそも労災保険の請求先は日本政府ですから、労働者の方に「承認」してくれたりもできませんし、政府が何らかの決定をしなければ裁判所を介した請求もできなくなっています。
そのため、労災保険においては、時効期間中に、請求書の提出さえしておけば、時効によって不支給とはしない運用が図られています(参考文献「元厚生労働事務官が解説する労災保険実務標準ハンドブック(日本法令・2015)」)。
健康保険に対する請求の時効
交通事故と健康保険
加害者が自転車である場合、自賠責保険もなく、任意保険に加入していないことがあります。また、被害者にも一定の過失割合が見込まれる場面では、高額の治療費を加害者側の保険会社に全額負担させてしまうと、後に受け取る慰謝料等が大幅に削られてしまいます。
このような場面では、治療費や休業による損害を抑えることは非常に重要であり、健康保険が役立ちます。特に、長期間の入院を要するときは、高額療養費制度を用いて一定の金額を超える治療費をすべて健康保険側に負担していただくことができるので、活用しましょう。
健康保険における時効は、労災保険のものと似ています
以下が、健康保険における主な支給金に関する時効です(国民健康保険法第110条、健康保険法第193条)。加害者側に対する請求とは異なりますので、注意が必要です。健康保険給付の申請をすることで実質的に時効が中断する点も含めて、労災保険によく似ています。
項目 | 起算点 | 時効期間 |
療養費 (≒治療費) | 治療費の負担・支出が具体的に確定した日の翌日 | 2年 |
高額療養費
| 対象となる診療を受けた翌月の1日 | 2年 |
傷病手当金 (≒休業損害) | 賃金を受けられない日、一日毎に、その翌日 | 2年 |
埋葬料 (≒葬儀費用の一部) | 埋葬を行った日の翌日 | 2年 |
まとめ-専門家による時効管理のすすめ-
以上のとおり、ひとえに時効といっても、交通事故の解決を図る場面では、様々な手続・制度があります。また、実際の交通事故事件においては、被害者の方にとって有利な解決を獲得するために、加害者に対する直接の請求に先行して、労災保険、自賠責保険、健康保険を複数組み合わせて併用することもあり、そのような場面においては、例外的な取扱がされていることもあります。
被害者の方が、これら各手続の時効を管理しつつ、適切な手続を選択することは大変な負担となります。加害者側との話し合いが進んでおらず、実際の請求までに時間を要する場合や、事故が発生してから長期間が経過している場合はもちろんですが、事故に遭われてしまったら、まずは交通事故のノウハウが豊富な弁護士にご相談ください。
時効管理も含めて専門家に依頼されることで、日々の生活と並行して生ずるご負担を取り除き、治療にもご専念いただきたく存じます。