口の後遺障害について解説
交通事故において顔や頭を打ち付けた場合、口にも怪我を負ってしまう可能性があり、場合によっては口の症状が残ってしまうこともあります。
口の症状は日常生活に多大な支障をきたすものであり、残存する症状に対して適切な賠償を求めていかなければなりません。
ところが、口の症状は事故との関係性(因果関係)を証明したり、後遺障害の認定を得るにあたって低くないハードルがあります。
そこで本稿では、口に関して想定される後遺障害と、その認定基準について解説いたします。
事故により口に症状が生じてしまった被害者の方が、どのような点に気を付ける必要があるのか、参考にしていただければと存じます。
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この記事の目次
口の後遺障害の種類について
口は、以下4つの機能をつかさどる重要な器官です。
口がつかさどる4つの機能
- 咀嚼機能:唇・顎・舌・歯などの動きによって食べ物を歯で噛み切り、奥歯で砕き、飲み込む機能
- 言語機能:発声器である喉頭とともに共鳴する機能
- 嚥下機能:口中の物体を胃に送り込む一連の運搬動作をおこなう機能
- 味覚機能:食事において、味を覚知する機能
以下では各種機能障害について、詳しく説明していきます。
咀嚼(そしゃく)機能の障害について
咀嚼機能の後遺障害の認定基準
咀嚼機能
咀嚼は、下顎が上顎に対して動かされ、主として前歯で食物を咬み裂き、舌や頬の筋肉の動きにより、唾液と混ぜながら、奥歯でさらに細かく砕くことによって行われます。
交通事故により、口を負傷した場合には、この咀嚼に必要な動きに支障を来し、咀嚼機能に重大な障害が残ることがあります。人間の三大欲求である「食」を満足に行えなくなることがあります。
咀嚼機能の後遺障害等級
咀嚼機能の障害は、歯の損傷のほかに、顎関節の損傷、上顎骨の損傷、下顎骨の損傷、舌の損傷、唾液腺の機能の低下、各種の筋肉及び中枢神経の損傷等によって生じます。
第1級2号 | 咀嚼及び言語の機能を廃したもの |
第3級2号 | 咀嚼又は言語の機能を廃したもの |
第4級2号 | 咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの |
第6級2号 | 咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの |
第9級6号 | 咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの |
第10級3号 | 咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの |
第12級相当 | 食物の咀嚼はできるが、食物によって咀嚼に 相当の時間を要する |
「咀嚼機能を廃したもの」(1級2号、3級2号)
「咀嚼機能を廃したもの」(1級2号、3級2号)とは、流動食(味噌汁・スープ)以外は摂取できない状態をいいます。
「咀嚼機能に著しい障害を残すもの」(4級2号、6級2号)
「咀嚼機能に著しい障害を残すもの」(4級2号、6級2号)とは、粥食またはこれに準ずる程度の飲食物(うどん・やわらかい魚肉など)以外は摂取できない状態をいいます。
「咀嚼機能に障害を残すもの」(9級6号、10級3号)
「咀嚼機能に障害を残すもの」(9級6号、10級3号)とは、固形食物の中に咀嚼ができないものあること、または、咀嚼が十分にできないものがあり、そのことが医学的に確認できる場合をいいます。
この「医学的に確認できる場合」とは、上の歯と下の歯が正常にかみ合わない状態(いわゆる不正咬合)であったり、咀嚼する場合に使用する、口の周りの筋肉である咀嚼関与筋群の異常、顎関節の障害、口を正常に開くことができない開口障害等により咀嚼ができないものがあること、または、咀嚼が十分できない原因が医学的に確認できることをいいます。
また、「固形食物の中に咀嚼できないものがあることまたは咀嚼が十分にできないものがある」との例としては、ごはん、煮魚、ハム等は咀嚼できるが、たくあん、らっきょう、ピーナッツ等の一定の固さがある食物の中には、咀嚼できないものがある場合等をいいます。
「食物の咀嚼はできるが、食物によって咀嚼に相当の時間を要する(12級相当)」
咀嚼はなんとかできるものの、開口障害等が原因となって、咀嚼に相当時間を要する場合には、12級相当となります。
ここでいう「開口障害等を原因として」とは、開口障害、不正咬合、咀嚼関与筋群の脆弱性等を原因として、咀嚼に相当時間を要することが医学的に確認できることをいいます。
また、「咀嚼に相当時間を要する場合」とは、日常の食事において食物の咀嚼はできるものの、食物によっては、咀嚼に相当の時間を要することがある場合をいいます。
咀嚼機能の検査方法について
咀嚼機能に障害があるかどうか判断する検査方法には「篩分法(ふるいわけ法)」や、咀嚼試料の内容物の溶出量から測定する方法があります。
以下で簡単に上記2つの検査方法を説明します。
篩分法(ふるいわけ法)
篩分法とは、被検者に、砕くことができる咀嚼試料(ピーナッツ、生米)を、一定回数、咀嚼させ、口内に残る咀嚼試料を取り出し、ふるいを使って分別します。
そして、ふるいに残った試料の粒子の重量や表面積を測定することにより、咀嚼能率を評価、判定し、咀嚼機能に障害が出ているのかを検査するものです。
ただし、篩分法は、咀嚼させる咀嚼試料、咀嚼回数、使用する篩の大きさおよび数が異なるため、どのような方法を選択するかという問題があり、また、同一人物が被検者であっても、方法・条件が違うことにより、咀嚼機能の障害の程度が異なるという問題点があります。
咀嚼試料の内容物の溶出量から測定する方法
チューインガム、ATP顆粒製剤等の咀嚼試料を咀嚼することにより生じる成分変化を測定することにより、咀嚼能力を評価・判定する方法です。
具体的には、咀嚼により流出する糖、ゼラチン、色素などの量を比色法および重量により測定することで、咀嚼能率を評価、判定するものです。
ただ、当該検査方法は、篩分法に比べて簡易ですが、重度の咀嚼機能障害を有してる患者には使用できないこともあります。
言語機能の後遺障害の認定基準
言語機能
人の発声器官は、喉頭(こうとう)です。喉頭には、左右に声帯があり、この間の声門が筋肉の動きで狭くなって、呼気が充分な圧力で吹き出されると、声帯が振動し、声になります。
声は口内等の形を変えることにより、語音(母音と子音があります。)が形成され、この語音が一定の順序に連結されて、言語になります。
語音を形成するために、口内等の形を変える動作を構音といい、語音を一定の順序で連結することを綴音(ていおん)といいます。
語音の分類
「語音」は、母音と子音に区別されます。これは、母音は声の音であり、単独に接続して発せられるもの、子音は母音と合わせて初めて発せられるものであるという区別によるものです。
子音は、さらに構音部位に従って、口唇音、歯舌音、口蓋音、喉頭音の4種類に分類されます。
母音
あ・い・う・え・お
子音
① 口唇音(ま行音、ぱ行音、わ行音、ふ)
② 歯舌音(な行音、た行音、だ行音、ら行音、さ行音、しゅ、し、ざ行音、じゅ)
③ 口蓋音(か行音、が行音、や行音、ひ、にゅ、ぎゅ、ん)
④ 喉頭音(は行音)
言語機能の後遺障害等級
言語の機能障害としては、発声機能障害、構音機能障害、綴音機能障害等があります。言語機能の後遺障害等級は、咀嚼機能の後遺障害と並んで設定されており、咀嚼機能の解説の箇所で挙げた表のとおりです。
第1級2号 | 咀嚼及び言語の機能を廃したもの |
第3級2号 | 咀嚼又は言語の機能を廃したもの |
第4級2号 | 咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの |
第6級2号 | 咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの |
第9級6号 | 咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの |
第10級3号 | 咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの |
「言語の機能を廃したもの」(1級2号、3級2号)
「言語の機能を廃したもの」(1級2号、3級2号)とは、4種の子音(口唇音、歯舌音、口蓋音喉頭音)のうち、3種以上の子音が発音できない状態をいいます。
「言語の機能に著しい障害を残すもの」(4級2号、6級2号)
「言語の機能に著しい障害を残すもの」(4級2号、6級2号)とは、4種の子音のうち、2種の子音が発音することができない状態、または、綴音機能(語音を一定の順序に連結すること)に障害があるため、言語のみを用いては意思疎通することができない状態をいいます。
「言語の機能に障害を残すもの」(9級6号、10級3号)
「言語の機能に障害を残すもの」(9級6号、10級3号)とは、4種の子音のうち、1種の子音が、発音することができない状態をいいます。例えば、口唇音であれば、ま行音、ぱ行音、わ行音、ふのいずれも発音することができない状態です。
嗄声(させい)
言語障害に分類される特殊な症状として、「嗄声」があります。これは、いわゆる「かすれ声」のことで、声帯の麻痺などによる発声障害が想定されます。この嗄声について、上の表にはありませんが、程度によっては12級相当として取り扱われる場合があります。
嚥下(えんげ)機能の障害について
嚥下とは、口の中の食物を胃に送り込む一連の運搬動作をいいます。 舌に異常を来したり、あるいは喉頭支配神経に麻痺が生じた場合には、この嚥下機能に障害が生じることがあります。
嚥下機能の後遺障害に関しては、食物を噛み砕く咀嚼機能と類似する部分があるので、その障害の程度に応じて、咀嚼機能障害に関する等級が基準となります。具体的には次のとおりです。
第3級相当 | 嚥下の機能を廃したもの |
第6級相当 | 嚥下の機能に著しい障害を残すもの |
第10級相当 | 嚥下の機能に障害を残すもの |
各等級の詳細については、先に見た咀嚼機能障害に関する説明をご確認ください。なお、嚥下障害は、他の障害も併発していることもあり、見過ごされることが多い障害です。気になる症状を感じた場合には、早期にご相談ください。
味覚機能の障害
味覚機能の後遺障害の認定基準
味覚障害に関しては、後遺障害等級表に明示されていませんが、その機能障害の程度に応じて等級認定がなされます。
味覚障害の原因としては、様々考えられますが、交通事故ですと、頭部外傷や顎部周囲組織の損傷、または舌の損傷した場合に、事故と障害との関係性が認められやすいでしょう。
味覚障害の後遺障害等級は次のとおりです。
12級相当 | 味覚脱失 |
14級相当 | 味覚減退 |
「味覚脱失」(12級相当)
「味覚脱失」(12級相当)とは、甘味、塩味、酸味、苦味(このことを基本4味質)すべてを感じることができない状態をいいます。
「味覚減退」(14級相当)
「味覚減退」(14級相当)とは、基本4味質のうち1味質以上を感じることができない状態をいいます。
味覚機能の検査方法について
味覚障害は、濾紙ディスク法による最高濃度液によって検査します。
濾紙ディスク法(テストペーパー)は、試験液として、①ショ糖(甘味)、②食塩(塩辛味)、③酒石酸(酸味)、④塩酸キニーネ(苦味)の4基本味質の5段階の同度液を浸した濾紙ディスクを検査部位に置き、味覚を感じるかどうかを見る方法です。
なお、味覚障害の特徴としては、日時の経過により漸次回復する場合が多いので、等級の認定は、原則として、症状固定とされる日から6か月後に行うことになっています。
さいごに
今回は、口に関する後遺障害について解説いたしました。 交通事故により顔面や頭部を負傷し、口の調子がおかしくなった場合には、すぐに、受傷部位に応じて、病院を受診し、定期的な治療を継続しましょう。
定期的な治療は、症状の改善にもつながりますし、定期的に治療を継続していなければ、そもそも「将来においても回復しない」という後遺障害認定の大前提を認めてもらえない可能性すらあります。
そのため、医師のみではなく、治療段階より交通事故に精通した弁護士と協力し、治療における注意点を把握することも、適切な後遺障害の等級の獲得を目指すうえで重要です。症状に応じた適切な後遺障害等級が認定されるか否かということは、適切な賠償を受けるために最も重要な事項と言っても過言ではありません。
口の後遺障害認定は、難解な点も多く、症状が事故から暫く経ってから出てくることもあり、その時点では事故との関係性がはっきりしないという事態も考えられます。
交通事故の被害に遭い、顔周りに怪我をされた場合、早期に病院を受診するとともに、専門知識を有する弁護士へご相談されることをお勧めいたします。