自動車が全損の場合の損害賠償はどうなる?
交通事故に遭って自動車が壊れたので修理に出したものの、相手の保険会社から「今回の事故は全損なので、修理費用全額は支払えません。」などと言われたことはないでしょうか?
ご自身にまったく落ち度がない交通事故でも、相手方や、その保険会社から修理費全額の賠償を受けられないことがあります。これは、修理費が事故当時の被害車両の価値(これを「時価額」といいます)を上回る場合、被害車両の時価額を限度に賠償をするという考え方によるものです。
ただこの時価額についても、被害者と加害者側で金額の折り合いがつかない場合も多いうえ、時価額以外の損害項目においても、賠償の必要性や金額面で争いになることがあります。
そこで本稿では、交通事故で自動車が全損になってしまった場合の法的問題点について、交通事故に精通した弁護士が、詳しく解説いたします。
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この記事の目次
全損とは?
全損には「物理的全損」と「経済的全損」という二つの定義が存在します。
物理的全損
「物理的全損」とは、自動車のフレームなど車体の重要な本質的構造部分が、交通事故により重大な損傷を受けた場合など、修理によって回復不能な損害が生じた場合をいいます。
簡単にいえば、損傷の程度が大きく技術的に修理が不可能な場合をいいます。
経済的全損
経済的全損とは、技術的には損傷を修復することが可能であるものの、修理費用が事故当時の被害車両の時価額を上回る場合(修理費>時価額)をいいます。
たとえば、市場で同種のものが100万円で販売されている被害車両に、150万円の修理費がかかる場合が想定されます。
この場合、同種の車両を100万円で購入できるにもかかわらず、それより高額な150万円の費用をかけて修理をすることは、経済的に合理性がないという考え方がとられます。
なお、「物理的全損」と「経済的全損」のいずれの場合であっても、原則として車両の価値を超える修理費用までの賠償は認められません(東京高判平成4年7月20日)。
車両時価額の算定方法
それでは、このような全損の場合に損害賠償の対象となる車両の価値(時価額)とは、どのように算定されるのでしょうか。
時価額とは
時価額に関して、裁判所は、次のように判断しています。
自動車の事故当時における時価額とは、原則として、これと同一の車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価格によって定める。
引用元:(最判昭和49年4月15日)
このように車両時価額は、事故の時点を基準として、同一の車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離等を考慮し、中古車市場でいくらで購入できるかを加味して決定されます。
車両時価額の具体的な算出方法
裁判所の時価額の算定方法を踏まえて、実務上、車両時価額の具体的な算出方法としては次のものが考えられます。
オートガイド自動車価格月報(レッドブック)
中古車市場価格の算定においては、有限会社オートガイドが発行する『自動車価格月報』(いわゆる「レッドブック」といわれるものです。)が参考にされます。保険会社もこれに基づいて車両時価額を算定していることがほとんどです。
しかし、レッドブックに記載されている中古車市場価格は、中古車市場において一般に取引されている価格と比較すると低額であることが多い印象です。
さらに、対象の車両が初年度登録からある程度年数が経過している場合には、レッドブックに車両価格が掲載されていないことが多々あります。
中古車売買のインターネットサイト(カーセンサー、グーネット等)
時価額の算定が中古車市場においていくらで購入できるか、という観点による以上、実際の中古車売買のインターネットサイトなどでの販売価格は確認しなければなりません。
インターネットサイトには、全国の中古車販売業者が販売している多くの中古車が掲載されており、現実の販売価格がリアルタイムに表示されているので、事故当時の時価相当額をより実態に沿う形で算定することができます。
また、サイトにて被害車両の車種・年式・型、走行距離等を入力することで、容易に検索することができます。
車両時価額の検討にあたっては、これらを比較してより高額な方を根拠に用いることになりますが、先に見たレッドブックに記載されている価格と比較すると、インターネットサイト上の価格の方が高額になる傾向があります。
「新車価格の10%」を車両時価額とする方法
自動車も長年乗り続けることによって、その物自体の価値が低下していくことはお分かりいただけることでしょう。長期間(概ね10年程度)経過している自動車は、レッドブックにも掲載されていないうえ、中古車売買のインターネットサイトでも同一の車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離のものを探すことが難しい場合があります。
そのような場合に、保険会社から新車価格の10%を時価相当額と算定するということを言われることがあります。
このような考え方は裁判でも採用された例もありますが、車両の市場価値を適切に反映できているものではないですし、実際の市場での取引価格よりも低額となることが多い傾向にあります。
そのため、レッドブックに記載されていない年式であっても、掲載されている最も近い年式のものから年数や走行距離に応じた減算をするなど、可能な限り実態に則した算定を試みるべきです。
改造された車両(改造車)の時価額
これまでは一般に市場で売られている車両を想定してご説明してきましたが、車両を改造している場合、車両本体の価格に加えて改造に要した費用を含めて車両時価額として加害者に請求できるでしょうか。
改造車の問題点
ドレスアップカーという言葉があるように、ある一定の改造を行うことで通常の車両本体の時価額以上に車両価値が増加することもあります。
もっとも、装飾によるデザインやオプションパーツは個人により好みが分かれることがあり、客観的価値が必ずしも増加するとは限らないことも確かです。極端に個性的であるデザインとなれば、流通性が下がり市場価値も下落してしまいます。
特に改造内容によっては、道交法など法令に違反してしまっているものや、車両走行の効用を高めるものといえず、かえって車両の効用を低下させているものなどもあり、車両時価額の算定において改造費を考慮することが難しい場面が多いでしょう。
そのため、被害車両に改造を施していた場合に、それにより車体価格がどの程度増加したのか判断することが困難であり、加害者側との間で時価額が争われることが多いです。
改造費用も加味されるケース
この点に関して、裁判例では時価額算定において、車両時価額に加えて同種同等の車両を購入し、元の利益状態に回復するために必要不可欠な費用を含めるべきであると判断し、郵便物集配業務のための塗装等の特別仕様を施した車について、同種同等の標準車の中古車の取得価格に、同種同等の特別仕様を施した場合に要する費用を加えたものを時価額と認めた例もあります。(大阪地判平成21年10月7日)。
車両の改造費が時価額において考慮されるためには、改造にいくら要したということだけでは足りず、その改造により車両自体の効用を高める仕様となっていることを明らかにしていく必要があります。
改造部分の費用が争われた場合には、是非一度弁護士にご相談ください。
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時価額を超える修理費を請求できる場面
これまで、技術的には損傷を修復することが可能であるものの、修理費用が被害車両の時価額を上回る場合には、時価額の限度でのみ賠償されると説明してきましたが、例外的に修理費での賠償が可能とされる場合があります。
それは、「対物超過修理費用補償特約」が付保されている場合です。
対物超過修理費用補償特約とは
対物超過修理費用補償特約とは、交通事故の被害者車両の修理費が時価額を超えてしまう場合、被害者が実際に修理を希望する際に、時価額を超えた部分の修理費を補償する任意保険の特約で、加害者の保険に付帯されていることがあります。
これまで見たように、修理費が時価額を上回る経済的全損の場合、加害者側は時価額を賠償することによって法律上の賠償義務を果たしたことになります。
もっとも、修理という賠償方法を選択肢に加えることで、思い入れのある車両を修理してでも乗りたいという被害者の意向を酌み、精神的苦痛を緩和したり、被害者の納得を得ることができ、円満解決に資するということが考えられます。
対物超過修理費用補償特約は、加害者側が加入していなければ利用できませんので、加入の有無についてのご確認をお勧めします。
車両時価額以外の損害項目について
交通事故における損害賠償の場面では、車両自体の賠償だけでなく、これに関連する費用についても損害賠償の対象となることがあります。
そこで、以下で、各項目についてご説明します。
買替諸費用
交通事故に伴い被害車両が全損と認定された場合には、新たに車両を買い替える必要があります。
新たに車両を購入する場合には、車両本体価格以外にも買い替えに要する費用が様々ありますが、交通事故がなければその時点で車両を買い替える必要もなかったのであり、それに伴い買替に要する費用も支出する必要がなかったといえます。
そこで、交通事故により車両を新たに買い替える必要が生じた場合には、買い替えのためにかかる諸費用も、損害項目によっては交通事故により生じた損害として認められるものがあります。
具体的には買換諸費用として認められる可能性があるものは、以下の7つです。
買換諸費用として認められる可能性があるもの
- 登録費用
- 車庫証明費用
- 納車費用
- 自動車取得税
- 車両整備費用
- 消費税(車両時価額に相当する金額に対する)
- 廃車費用
これらの費用のうち、相当とされる金額を加害者に請求することができます。もっとも、これらの買換諸費用は、ご自身で交渉しても保険会社がなかなか認めないことが多いようです。
この点の交渉が難航するようでしたら、弁護士に相談してみてください。
代車費用
代車費用とは
交通事故により車両が全損となった場合、新しく車両を購入しなければなりません。しかし、即日に購入して納車されることはなく、車両を買い替えて納車されるまでの間、代車を利用する必要があることがあります。
この代車の費用も損害として認められる場合があります。もっとも、代車を利用した場合に無制限にその費用が損害として認められるものではなく、代車を使用する必要性や車種に関して注意が必要です。
代車の必要性
代車費用が損害賠償として認められるためには、代車を借りることの必要性が認められる場合でなければなりません。
そして、代車の必要性が認められる場合とは、通院、通勤、日常の買い物等に使用する必要性があり、代車を借りなければ仕事や日常生活に支障が生じる場面が想定されています(東京地判平成6年10月7日)。
他方で、代車の必要性が否定される例としては、他の公共交通機関を利用することにより格別の不具合が生じない場合や事故車両以外に、他に使用できる車両を保有している場合とされています。
代車の必要性が否定された裁判例では、公共交通機関の交通費の限度でしか賠償されず、代車費用全額の賠償が認められていません。
代車の車種・グレード
代車を利用する必要性が認められる場合でも、被害車両と同種の車両が必要と認められない場合があります。
特に被害車両が高級外車である場合には注意が必要です。被害車両と同グレードを代車としてレンタルして料金が高額になった場合に、代車の車種(代車の金額)に関して特に問題になりやすいからです。
代車の車種・グレードについては、同種・同グレードである必要までは必ずしも必要はなく、同等の性能で足りると考えられています。そのため、被害車両が高級外車である場合であっても、被害車両の利用目的や利用状況に照らして、高級外車を使用する特別の事情がない限り、国産高級車の代車料の限度で代車費用が認められている例がほとんどです。
高級外車を使用する特別の事情が認められた例としては、輸入車の販売等の仕事をしており、被害車両を顧客に乗せて販売の営業等を行っていた事情がある等、極めて稀なケースです。
したがって、高級外車で交通事故被害に遭っても、同等の高級外車を使用しなければならない特別な事情がない限り、賠償されるのは国産高級車の費用程度となってしまいます。
通常、国産車で1日当たり5,000円から2万円程度、高級車であれば1日あたり2万5,000円から3万円程度です。
代車の利用期間
事故から買い替えが完了するまでの間の、全期間の代車料が認められるとは限りません。
加害者側に請求できる代車料の利用期間の目安としては、買い替えまでに通常要する期間とされており、長くても1か月が限度と考えられています。
上記期間はあくまで目安ですが、過失割合が決定するまで買い換えられないと考えて、その間、代車を利用していたとしても、後になってその費用の一部しか賠償されないということも想定されます。
休車損害
運送会社の貨物自動車やタクシー等の営業車が事故により損傷し、買い替えまでの間、営業車が使用できなかったという場合に、その車によって得られたであろう収益が得られないといった事態も考えられます。
このような営業上の利益の損失を休車損害といい、相当な買替期間の範囲内で損害として認められる場合があります。
もっとも、この休車損害についても実務上争いとなることが多いため、そのポイントをご紹介します。
遊休車の有無
予備の車両(実務上「遊休車」といいます。)がある場合は、現実に事故車両を動かせないことによる営業上の損害は発生しませんので、休車損害は認められません(東京簡裁平成25年6月25日)。
営業収入の減少
休車損害は、被害車両を動かせないことにより現実に損害が生じたことが必要です。そのため、交通事故の前後で営業利益の減少が生じたかどうかが重要な要素となります。
もっとも現実に減収がない場合であっても、仮に被害車両が稼働していればより多くの収益を得ることができたであろうと認められる場合には、休車損害が認められることが理論上はあり得るでしょうが、どのような資料を根拠にどのように説明するかは非常に難しい問題です。
休車損害の算定
休車損害は被害車両によって1日当たりに得られる利益額に、相当な修理期間又は買替期間を乗じて算出されます。
具体的には被害者の確定申告等で、1日当たりの利益を算出し、これを車両保有台数で除する方法や、1日当たりの売上げから経費を控除する方法で、1日当たりの利益を算出する方法があります。
まとめ
これまでみてきたとおり、交通事故の被害に遭い、修理費用が時価額を上回り、自動車が全損認定を受けた場合は、原則として時価額のみの賠償とされ修理費全額を加害者に請求することができません。
したがって、全損の被害を受けた自動車の時価額の算定方法及び算定額が妥当なのか、また、車両を買い替える場合の諸費用のうち、何が損害賠償の対象となるのか、代車費用や休車損害は請求できるのか等について、慎重に検討して、加害者及び加害者の保険会社に適正な賠償額を請求する必要があります。
このようなさまざまな損害について、実務の考え方に則して適正な賠償を獲得するためにも、交通事故に精通した弁護士に、お早めにご相談ください。